テープ起こしストのお正月

 テープ起こしストにも生意気に正月は訪れる。しかし怠け者の節句働きというわけではないが、12月は世の中年末進行、新年号用の雑誌・冊子等の新春対談なんかがめじろ押したりしてテープ起こしは繁忙期ということもあり、年またぎでテープ起こし作業をしているなんてことにより、正月らしい正月は案外なかったりする。

 でもことしは何とかやりくりし、知人とカラオケパブなんぞに行き、ボックス席でさんざんのんで歌っていたら何だか必要以上に調子が出てきて、カウンターにいた米兵らしき3人の外国人に、日本人に対しては決してしない愛想スマイルをたたえてつたない英語で「ハァイ!」と話しかけた。僕は他人の年齢を推測することが不得手で、同朋日本人相手でもしばしば見当違いの年齢を推測してしまう。それがガイジン、しかも白人のトリオときたら、まったくと言っていいほどその人たちが何歳なのか分からなかったのだが、まあ世代で大きくくくれば僕よりちょい上の、オジサン、ミスターと呼べる世代の人たちだったと思う。で、そのぐらいの年齢の人なら、僕が学生のころ、アメリカのトップムージシャンたちが集結し、飢餓に苦しむアフリカ救済のためにつくられたということで話題になった『We are the World』という曲を知っていると踏み、その歌を一緒に歌おうという意味だと自分では思っている英語で話しかけ、彼らを誘ってみた。

 ところが、あにはからんや、彼らはだれ一人として『We are the World』を即座に理解しなかったのだ。僕の英語がつたな過ぎて、おっしゃる意味がわかりません状態だったかというと恐らくそうではなく、その証拠に3人は互いに顔を見合い、「おい、おめえ『We are the World』って知ってる?」とな感じで確かめ合っていたからだ。僕の耳にも彼らがはっきりと「We are the World」という言葉を言っているのが聞こえもしたのだ。

 ただ、この「World」という単語は日本人の間でもメジャーな英単語のくせに、発音の難しさもベスト・テンに入るであろうという曲者だ。神奈川県相模原に「i world」というデパートというかディスカウントストアがあるのだが、昔、その近隣に住まう知り合いの日系アメリカ人に、片仮名風に「アイワールド」と言ったらけげんな顔をされたので、ちょっと英語っぽく言い直したら「ああ、i worldね」とやっとわかってくれたぐらい、曲者な単語なのである。ちなみに彼はファミリーレストラン「バーミヤン」のことを「ピーチハウス」と呼んでいた。

 話が中国にそれた。まあそういう曲者の英単語なので、もしかしたら誤解があってはと思い、『We are the World』を歌っていたユニットというか、当時の全米のメジャーな歌手の単発集合体であったそのグループ名「USA for AFRICA」も告げ、より厳密に彼らに僕の言いたいことを絞ろうとした。だがそこまで言っても彼らは相変わらず「We are the World? USA for AFRICA?」と鼻を垂らし合っているだけでちっとも思い出さない。というか、ここにきて僕は、思い出さないというより、もしかして本当にこいつらは「USA for AFRICA」の『We are the World』を知らないのではないかといぶかり出した。その理由は、こいつらが音楽に興味が全くないとかそういうのではなくて、実は『We are the World』はアメリカでは全くと言っていいほど話題にならず、外タレ崇拝思想のある日本人だけが顔ぉ真っ赤にして歯ぁむき出して大騒ぎしていたのではないか、という疑問に変化していった。だってそうだろう? こいつらは絶対に『We are the World』を知っている年代のアメリカ人だし、音楽にさして興味がない人でも、日本での当時の騒ぎやラジオでの曲のかかりっぷりを考えたら、本国アメリカでだって同じまたはそれ以上に話題になって、嫌でも曲が耳目に達するだろうと推測するのは別にひいきの引き倒しでも何でもないでしょ? つまり、アメリカでは全然、社会現象になるほどのニュースではなかった! なんて感嘆符をつけて強調したいくらい、僕の疑問は次第に確信に変わっていった。

 その後5分ほど、同様のやりとりを無間地獄のように繰り返すも、結局彼らは『We are the World』がわからず、僕も疑問を真実と断定し、彼らにこれ以上『We are the World』云々するのをあきらめて、いや拙者が悪かった、『We are the World』のことは忘れてくだされ、という意味だと自分では思っている英語を告げ、彼らに背を向けみずからの席に戻ろうとしたその瞬間、白人の一人がヒュージばかでっかい声で「オウ!」と、彼らが何かを思い出したときによく発する雄叫びを上げ、去ろうとする僕の肩を後ろから力強くつかんだのだ。お、何だよこのしろんぼ、さんざん人を困惑させといて、今ごろになってやっと『We are the World』ぉ思い出しやがったか、そりゃそうだよな、あんなに日本で大騒ぎになったんだから、やっぱり本家元祖のアメ公が知らないはずがないよな、やれやれ、まったく血のめぐりが悪い奴だ、コーラと肉ばっかり食ってるからだよ、でもまあいい、思い出したんなら今までの5分と原爆は水に流し、一緒に『We are the World』を高らかに歌おうぜ。歌い上げようぜ!と思って僕は、あ、そう、思い出した?面をしつつ彼の方に振り返った瞬間、笑顔満面の彼の口から出た言葉は流暢な日本語での「アケマシテ オメデトウゴザイマ~ス!」だけだった。

2011年も、テープ起こしはITテキストサービスへどうぞ