テープ起こしストの国家経営論
年度がかわると、他の産業も同様かもしれぬが、テープ起こしストも割と少々、暇になる。特段に当面やることもないので真っ昼間から近隣をふらふらと散歩し、顔見知りの猫が自動車のボンネットの上の一番暖かいのであろう、いつも同じポイントで丸く寝ている姿を見てにやにやしたりしている。猫は何も聞いてこないが、たまに顔見知りの人間に会うと、大の男が昼間からふらふらしていることに興味を持つらしく、働きもしないでふらふらにやにや何やってんの?と聞かれることがある。その中に、単なる好奇心だけではなく、明らかにマジ非難面で上記のような質問をしてくるやからがいて、そういう人は何の裏返しだか知らないが、人間は毎日汗水垂らして働いて金を得なくてはいけない、なぜなら貴様みたいに働きもせずぶらぶらしているような人間ばかりになったら天下国家は立ち行かなくなってしまうからにやにやぶらぶらしていてはだめなのだ、という思想を所持していているようで、私が何か口をはさむ前にその自説を朗々と披瀝され、そして私はしまいにはえらいこと怒られるのである。
こういう天下国家憂慮型勤労人は存外に結構多くいて、また私もそれらの人に個々にいちいち回答をするのは煩雑かつ怒られる回数もふえて嫌なので、重大な発表があると、自分の都合で記者会見をして一時に済ましてしまう芸能界・政界等にならって、この場をかりてそのような質問に対する回答をさせていただくことにする。
で、じゃあ何をやっているのかと問われて、幾ら仕事の途絶えたテープ起こしストの私だって一応前頭葉がある人間なので散歩以外にもいろいろとやっているのだが、とりあえず今、何をやっているのかと言うと、パソコンのDVD読取りドライブにCD-ROMを挿入し、『シヴィライゼーション』というゲームをやっている。などと唐突に言われてもこのゲームソフトを知らない人は困るだろうから、一体どういう内容のゲームなのかを簡単に説明すると、プレーヤーである自分は太古の世界の統治者・神として未開の大地を開発し、文明を興して国家を経営・発展させるというシミュレーションなゲームである。
時はB.C.4000年。前人未踏の広大な大地にポツンとたたずむ開拓者。さあ、私は神となり、開拓者に命じ、このむき出しの厳しい自然100%の世界を快適で文明あふるる、人が住むにふさわしい世に変えていくのだ。手始めに何をやりましょか。となるとやはり、王は民をもって天となし 民は食をもって天となす 能く天の天なるものを知るは斯の可きか、という言葉もあるくらいだからと、農耕・漁労・狩猟を始めた。そのかいあって食料が増産・備蓄され出し、自然と人口がふえ出す。ふえた人々をまた農耕、漁労、狩猟に従事させたり新たな耕地をつくったり、インフラ整備も大事と道路設置等の土木工事に着手。すると繁栄好回転。また繁栄すると税収も上がり、その金をテクノロジーに投資。すると民たちは科学技術を研究し、青銅器や車輪、アルファベット文字等を発明し、生活は向上。ますます人口もふえ、ますます税収も上がり、テクノロジーもますます進歩。と右肩上がりの好循環を繰り返し、私はとても楽しい気分で天下を経綸するのであった。にやにやする神。
だが順調なはずの我が国にある日突然暴動が起こり、国家の機能が完全に麻痺してしまった。焦って調べてみると、民の何割かが真っ赤な顔をして怒っている。どうやら働きづくめなだけで、疲れた心をいやす設備が都市に全く存在しないことが原因らしい。そりゃ、そうだ。人間、だれだって働いているだけの人生ではおもしろいわけがない。魂が荒廃するだけだ。そこで私は民の心の安らぎのために寺院や聖堂、劇場などをつくってやった。これで何とか暴動はおさまり、国はまた国として機能し始めた。同じ過ちを繰らないために、このすきにいろいろと調べてみると、どうやら都市がある一定以上の人口になると人民の不満がたまってくるらしいということがわかった。そりゃあ、そうだ。やはり人間、ゴミゴミした狭苦しいところでやれ肩がぶつかっただ足を踏んだだけつをさわったださわってない当たっただけだなどと言い合い・ののしり合い・告訴し合いながら生活するより、広々としたところで思う存分、ボッホホーとアルペンホルンを吹いている生活のほうがよいに決まっている。そこで私はある程度成長した都市から隣接する未開の土地へ民を少しずつ移住させ、また最初と同じように開発を繰り返し、産めよふやせよ、わはは、そうこうするうちにいつの間にやら画面いっぱい、10以上の都市が我が領土に咲き乱れたのだった。
調子づいた私はさらに国を大きくしようと民を移動させ、まだ見ぬ土地へと画面をスクロールさせてみると、あれ? 人跡未踏のはずの土地に何やら手が加えられている。そして我が国では見たことのない風俗の異人がうろうろしているではないか。ここは私とは別の統治者の領土なのか?と、あぜんとしていると、象に乗って武装した異人がするすると我が民に近寄ってきたと思うや雄たけびを上げつつ攻撃してきたではないか。単なる労働者である我が民は、あっと言う間に虐殺され、勢いに乗った敵は大挙して最寄りの我が都市を一斉攻撃。今まで平和になれ親しみ、何ら軍事的設備に投資をしていなかった裸同然の我が都市はあっさり陥落してしまった。チクチョー! 今まで手塩にかけて育ててきた都市があああ。と、嘆いている暇はなさそうだ。どうやら敵はかなりの乱暴・強欲者らしく、私から都市を一つ奪ったぐらいでは飽き足らず、さらに他の都市へ侵攻を重ねてくる。幾ら私が外交で和平を申し込んでも鼻もひっかけない。よし、こうなったら徹底抗戦だ。おくればせながら急いで各都市に城壁を築き、こちらも象部隊を編成。しかし敵は当方より進んだテクノロジーを持っているらしく、象部隊よりも強力な騎馬隊や投石機部隊を矢継ぎ早に繰り出してくる。こっちも負けじと軍事テクノロジーに税を大量投資。火薬の発明に成功し、マスケット兵を戦線に投入。しかし敵はもっと進歩したカノン砲や戦車といった武器を繰り出し、我が領土にどんどん侵入してくる。さらに敵は戦艦・爆撃機などを開発、敵国に放った間者からの情報によるとマンハッタン計画も研究進行中だという。このまま我が国は滅ぼされるのか、あんな暴虐なやつらに文化を愛する勤勉な我がかわいい民たちがじゅうりんされていいのか。否! 私は頑張るぞ! 今は苦しいだろうが、民よ、私を信じて一緒に頑張ってくれえっ。
と、3日前から不眠不休でゲームコントローラーを握り、現在このような状態であるのでありますが、そういうわけで、私は今、天下国家のために尽力中なので当分働くことはできませんのであしからずご了承ください。
※この文章は一部文芸的部分を除き、標準用字用例辞典に準拠した表記をしております。統一感のある表記のテープ起こしはITテキストサービスへ。
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